過去ログ名勝負集「思い出のB級レスラー」パート6

 

カーン&戸口組 投稿者:SAVAGE  投稿日: 8月22日(火)06時15分21秒

たしかにB級チームの雰囲気ぷんぷんだったのですが、決勝まで残ってしまいましたね。(^_^)実力者の二人でしたから決勝に残ったのも決してまぐれではなかったのですが、戸口にとっては新日本での最初で最後の華になりましたか。あとはアンドレにやられる損な役ばかりでした。

全日でも三沢タイガー&ジミー・スヌーカというコンビもありました。

 

(無題) 投稿者:HI  投稿日: 8月22日(火)06時42分49秒

話はタッグに移行している様ですが、新日本一番のB級外人レスラーといえばバッドニュースアレンだと思うのですが、どうですか。過去の投稿見ているとジョンクインとかラシクとかカマタとかラモスあたりも入ってるからアレンもB級で良いと思うのですが。誰とも組めて、メインの6人タッグにエース格で出ても違和感無くて、こんなにイケテる準主役はあの時期には他にいなかったと思います。それともアレンはメジャーですか?ブッチャ−と組んじゃったからなぁ。

 

シャチ・横内 投稿者:Joe Hooker Sr.  投稿日: 8月22日(火)08時17分06秒

存 英雄様、はじめまして。ここにはしばしば顔を出すJoe Hooker Sr.と申します。

横内の日本人パートナーで有名なところは上田です。ドリーがNWAを取る直前の68年暮れにそのコンビはファンクスを破ってアマリロ地区世界タッグを取っています。
翌年横内が国債に来たときのパートナーはフランク・バロアでした。後のアンドレのマネージャー、また、モントリオールのプロモーターとして若き日の川田を使ってました。

「とりあえず」のレスですが、今後ともよろしくお願いします。

 

B級タッグ 投稿者:ミスターM  投稿日: 8月22日(火)09時54分37秒

凄い盛り上がりで、過去ログが消えそうですね。 B級タッグ『ブラジルブラザース』ブラジルと弟のハンク・ジェームスはどうでしょう。ハンク・ジェームス、サイケ調のタイツでカッコ良かったのですが、インタ―戦での不甲斐ない戦い振りに、ブラジルが激怒したとの記事を雑誌でよんだ記憶があります。

>存英雄さん
レスをいただきありがとうございます。ダンスで思い出しましたが、インデイアンレスラー、ビッグ・コマンチもダンスしてませんでしたっけ?
あと、ギルス・ポイソンですが、新日に来た時は 『ギル・フィッシュ・ポイソン』とコールされていたような記憶が。 國際の時はギルス・ポイソンだったような記憶です。

本当は『ギル』は『ジル』になると思うのですが・・・?
フランス語の発音ですがもしスペルがわかりましたら教えてください。恥ずかしながらフランス駐在中なので、フランス人に聞いておきます。

 

シャチ横内 投稿者:あtろ  投稿日: 8月22日(火)10時04分01秒

正確にはテーズ&東郷の新団体のエースとして凱旋予定だった横内でしたが、団体設立が消滅し、国際に日本勢として来日。シリーズ中にタッグを組んでた草津のタッチを拒み仲間割れ。外人勢につき、次シリーズのタッグリーグもコルトと組んで出場予定でしたがバロアのパートナー、アンドレ・ボレーが来日不能となり、バロア・横内組が誕生。ゴージャスジョージJrは急遽残留となりコルトとタッグで出場。よって、タッグリーグのパンフにはジョージJrは載ってないです。横内は日本組に反旗をひるがえしたため暫くゴングの不人気選手投票でNO1でした。

 

な、な、なんと! 投稿者:ミック・バクサ  投稿日: 8月22日(火)17時18分52秒

コルト、ジョージ・ジュニア組は「無宿人代表」ではなかったですか?
あとB級といえば、J・C・ダイクス率いるインフェルノスのこけおどしでしたよね。
70年代には言ってからのロスはレベルが低い!B級レスラーの宝庫じゃないですか?
ロスから坂口の北米に挑戦して来たエンフォーサもひどかった!
この日と元々は、幻の怪奇派ギロチン・ゴードンなんですよね?

 

国際の苦悩 投稿者:あtろ  投稿日: 8月22日(火)18時11分03秒

コルト&ジョージJrは米代表。無宿人代表はテッド・コディ&ゴードン・ネルソン組です。なにが無宿人なんだかよくわからないけど(笑)。
ブルーインフェルノスの片割れは本家ブルーディモンでした。
当時、日プロは国際がゴング誌上で募集した「日本に呼びたいレスラー」アンケートをもとに来日が決定していたSアリオンの国プロマット登場を阻止。これみよがしにアンケート上位のアリオン、マスカラス、ラッド、ジョンソン、メイナード、シークなどを次々に来日させました。
AWA圏ではラシクやローデスを呼ぶのがやっとの国際は、なんと覆面レスラーを偽造!ドクターデス(ムース)やドクターX(ハンス・モーティア)などそこそこの実力者を有名覆面レスラーに仕立て上げました。アンケート上位のBディモンにはなんと前シリーズより残留のレス・ウォルフに覆面を付けさせて、「あれはビル・ドロモの変身?」などとデマを流す始末。あきれた日プロは直後にドロモとほんもののディモンを登場させてしまうという意地悪なとこをみせたのです。でもほんものもたいしたことなかったけど。ちなみに日本にきた本格マネジャー一号がダイクス、最初に女子マネを来日させたのがエンフォーサーですね。長々とすみません。

 

マンモス鈴木にも1票 投稿者:ゴッチ主義  投稿日: 8月22日(火)21時12分21秒

やはり国際はB級以下の宝庫でしたね。マンモス鈴木がまだ、たまに試合にでていたころ、全身毛むくじゃらの日本人離れした肉体ながら、まったく技も耐え性もない一方的にやられる情けなさ。
後にレフェリーになっても日本人からもやられる、そのあまりのやられっぷりに感激・・・・
もう2度と現れないタイプのレスラーだ。猪木よりも将来を嘱望されたらしいのだが。

 

根性の男、吉村道明42歳! 投稿者:ゴッチ主義  投稿日: 8月22日(火)21時21分13秒

という徳光アナの叫びが懐かしい!あの徹底的な流血、やられっぷり、起死回生の回転えび固め。
いまそれができる雰囲気は木村健悟だけだ。ぜひ蝶野に血だるまにされて回転えび固めで決めて血だらけのはちまきをしたまま歓声に応えてもらいたいと吉村の復活を願うのは私だけか?
吉村は永遠のB級スターだ。

 

マンモス鈴木といえば 投稿者:HI  投稿日: 8月22日(火)21時22分28秒

うちの会社にバイトしている女の子が彼の姪御さんです。とてもやさしいおじちゃんだったといっています。マンモスは僕の地元の仙台市出身なので少し気になって知っていたから、「彼は病気して塩釜の病院でなくなったんだよね。」て言ったらマジにビックリしていました。

 

バッドニュース・アレン 投稿者:梅丸  投稿日: 8月22日(火)22時13分52秒

HIさん>
始めまして。
アンドレを呼び出して説教をしたというのはあまりにも有名。
いいレスラーでしたが、”ブッチャーの子分”になっちゃったのが失敗でしょうね。
シンやブッチャーのパートナーって、親分を引きたてる為だけの存在と言っても過言じゃなかったですから。その後、浜口、寺西に去られたラッシャー木村がブッチャー・アレンと組んだのですが、なんとアレンと木村がブッチャーを裏切ってしまいます。
しかし当時の木村は新日本では最早居場所はなく、程なくUWFに移籍してしまいました。タッグパートナーに恵まれなかったのが運のつきでしょう。

その後、Uインターに来日しましたね。戦績は散々でしたが、あの鋭い眼光は全く衰えておらず、
「これが喧嘩やったら…」と思わせる迫力がありました

 

タイトル連続挑戦!! 投稿者:プロレス・アワー  投稿日: 8月22日(火)22時29分30秒

パイルドライバーさんの投稿で、同一チームでインタータッグ→アジアタッグに連続挑戦したのは、バリアント兄弟のみ!とあったのでB・オースチン&M・アトミックもそうだよ。(S42・2、S44・9)と書こうとしたら、短期間(一シリーズ内)の記録でしたか? 
さすがに、日プロ、全日、新日ではないようですが、国際に目を向けるとD・デス&L・ウオルフがヨーロッパタッグ(S45・7・24)IWA世界タッグ(S45・8・11)と同シリーズ連続挑戦していますし、D・デスはシングルで、IWA世界(S45・7・18=対T・杉山)USA(8・18=S小林)と連続挑戦しています。このシリーズはE・カーペンテイア初め、当時としては豪華メンバーを揃えて、タイトルマッチの乱発をしていましたね

 

電光石火のレスに多謝!多謝! 投稿者:存 英雄  投稿日: 8月22日(火)23時00分45秒

私が投げかけた、いくつかの質問に対して目からウロコのレスを返してくださった皆様、御礼を申し上げるのが遅くなってスイマセン・・・というか、この掲示板の近頃のペースの速さはもう、電光石火の揺り椅子固め!ってな感じで目が回るでございます。

>ミスターM様へ
そうでした、新日の中継のアナが「フイッシュとは変人を意味する俗語ですねえ」なんて言っておりました。ということは彼のリングネームの由来は「魚=ポワソン」のほう?でも「毒物=プワゾン」にも確か「困り者」といった解釈があったはず・・・。それにしても仏国駐在のかたから、レスをもらえるとは思ってもおりませんでした。パリの地下プロレスって、やっぱり凄いですか?(
劇画版タイガーマスクによる誤まったフランス観)。ついでにナンですがグラン・ラパン(仏語で大きなウサギ)って勝手に日本でネーミングされたレスラー、知っておられますか?

>はじめまして!Joe Hooker Sr.様、毎度お世話になります!あtろ様
放浪のジャパニーズレスラー達のパートナーの謎が、少しずつ解けてきました。しかし横内って悪党人気があったのですねえ。ヤス藤井は、そういうキャラにもなりそこねたようで・・・。清美川もB級レスラーだと思うのですが、のちにマッハ文朱に「ショルダー・アームブリーカー=マッハスペシャル」を教えて有名になりましたね(とうとう話しが女子のほうにまで・・・)。

 

グラン・ラパン 投稿者:パイルドライバー  投稿日: 8月23日(水)00時16分50秒

>存 英雄さん

> グラン・ラパン(仏語で大きなウサギ)って勝手に日本でネーミングされた
> レスラー、知っておられますか?

「グラン・ラパン」は、オットー・ワンツが国際に初来日した時のリング・ネームです。
確か...覆面のザ・プロフェッショナル(正体はダグ・ギルバート)や、ラリー・ヘニングといっしょでしたので、昭和48年頃だと思います。

 

Re: タイトル連続挑戦!! 投稿者:パイルドライバー  投稿日: 8月23日(水)00時53分41秒

>プロレス・アワーさん

ご指摘、ありがとうございます。バリアント・ブラザースの挑戦記録については、「同一シリーズ内において」という条件が加わってのものです。

昭和40年代前半の日プロでは、それぞれのタイトルについての格差はそんなにはっきりしていなかったような気がします。それにくらべると、全日本のマットで復活したアジア・タッグ王座は、インター・タッグとの格付けの違いが当初から明確になされておりました。

そのような状況において、インター→アジアと続けざまに挑戦して敗れ去ったチームは、バリアント・ブラザースのみ...ですから、この連続挑戦は快挙ではないのか?などと感じたワケです。

確か、このシリーズはNWA世界王者T・ファンクの後半戦特別参加が目玉だったはずで、前半戦のエース格はホースト・ホフマンだったと思います。ホフマン以外は悪党派ばかりでタッグを組ませるにはムリがあり、そのような背景からバリアント・ブラザースの連続挑戦が実現したのだと思います。

記憶のみを辿って書きこみをしておりますので...誤りがあったら、またご指摘をよろしくお願いします。

 

試合終了!!