第1回ワールド大リーグ戦 表彰式 |
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第1回ワールド大リーグ戦
昭和34年 参加選手 日本組 : 力道山、豊登、遠藤幸吉 予選リーグ : 8分3ラウンド1本勝負 |
勝ち数の多いものが決勝進出。しかしなぜか、同じ4勝の遠藤は決勝トーナメント進出できず。 決勝トーナメント 8分3ラウンド1本勝負 ( 6月15日東京都体育館 ) 準決勝 ○ジェス・オルテガ(時間切れ引分け)エンリケ・トーレス● 優勝決定戦 ○力道山( 2回 35秒 体固め)ジェス・オルテガ● 力道山が初優勝を飾る。 解説 やや人気にかげりが見え始めていた力道山の日本プロレスが放った起死回生の国際トーナメント。各国の代表が覇を競うという発想は前代未聞で、日本のプロレスファンを大いに魅了した。対戦方式は総当たりのリーグ戦だったが日本人同志は対戦せず、さらに得点方式もかなりいいかげんであった。勝ち数の多いものが決勝進出という事だが、試合数の少ない日本人は不利であり、決勝に進出した4名と同じ4勝を挙げた豊登が決勝に進出していないのも不可解。 資料提供 : JOE HOOKER SR氏 追加事項 この記事を掲載後、決勝リーグについての詳細が判明しましたので、付記しておきます。まず予選第一戦の力道山−アトミックは力道山が暴走の末反則負け。第二試合のオルテガ−トーレス戦は時間切れの引き分けでした。ここでアトミックが傷が深く決勝には出れないと棄権。オルテガ−トーレスの再試合を持って決勝戦とするという意見が出たようですが、来場していたコミッショナーの大野氏の「力道山にも出場権はある。オルテガ、トーレス、力道山の三人でくじを引いて、二人を決勝進出者とし、優勝決定戦を行なえ。」という鶴の一声で、力道山は命拾いし、抽選の結果トーレスが外れくじを引き3位が決定。当たりくじを引いた力道山とオルテガによって決勝が行なわれました。 |
第2回ワールド大リーグ戦
昭和35年
参加選手 日本組 : 力道山、豊登、遠藤幸吉、吉村道明 予選リーグ : 8分3ラウンド1本勝負 |
インター選手権挑戦者決定トーナメント
優勝決定戦
時間無制限3本勝負
( 5月13日東京都体育館 ) ○ 力道山( 2−1 )レオ・ノメリーニ ● ノメリーニ (体固め 8分58秒) 力道山が2連覇達成。 解説 第1回の成功を受けてシリーズ化されたワールドリーグ戦だが、第2回は第1回よりグレード・アップし、10人の外人レスラーを招聘、日本組も吉村道明を加え、14名による総当たりリーグ戦を行なった。(但し日本人同志の対決は今回もなし。)外人勢は殺人タックルでルー・テーズの連勝をストップさせたことで有名なレオ・ノメリーニとNWA世界ジュニアヘビー級元王者のサニー・マイヤースが、日本勢では力道山と豊登が優勝戦線のトップを走った。決勝は最多の10勝を収めたノメリーニと、8勝の力道山の間で行われた。しかし、同じ8勝で並んでいた豊登りがなぜかマイヤースと公式戦を2戦行い、1敗を喫している。後にアンドレのマネージャーとなったバロアも好成績を残している。 |
第3回ワールド大リーグ戦
昭和36年
参加選手 日本組 : 力道山、豊登、遠藤幸吉、吉村道明 予選リーグ : 8分3ラウンド1本勝負 |
優勝決定戦
61分3本勝負
( 6月29日大阪府立体育館 ) ○ 力道山( 2−1 )ミスター・X ● X (体固め 6分17秒) 力道山が3連覇達成。 解説 今回は2連覇を達成した力道山がシードされ、残りの参加選手で予選リーグを行なったが、そのシステムが全く不明で、総当たりでもなく減点法式でもなく、選手の試合数もバラバラ。シードされているはずの力道山も公式戦という名目でエチソンと戦っている。決勝も一番勝ち星の多いクラウザーではなく、クラウザーに反則勝ちしたミスターXが進出している。第3回の目玉はグレート・アントニオの怪物振りと、クラウザーと吉村の12回に渡る死闘(1勝1敗11引き分けの五分)。しかしアントニオは天狗になり過ぎてXとクラウザーに血祭りに上げられ途中帰国の憂き目に遭った。 |
第4回ワールド大リーグ戦
昭和37年 参加選手 日本組 : 力道山、遠藤幸吉、豊登、吉村道明、グレート・東郷、大木金太郎、猪木完至、長沢秀幸、土佐の花 予選リーグ: 8分3ラウンド1本勝負 |
*アトミック対シャープ 最初は時間切れ引き分け。再戦でシャープの勝ち。 *ハットン対テーズ 最初は時間切れ引き分け。再戦でテーズの勝ち。 優勝決定戦
61分3本勝負 ( 5月25日
東京体育館) 力道山が4連覇達成。 解説 この第4回も対戦方式がきわめていい加減。前回優勝者の力道山はシードされ、17人の参加者によって予選リーグを行ない最高得点者が力道山と優勝を争う。「ワールドリーグ公式戦」の名目で組まれた試合に出場したのは17人。しかし総当たりのリーグ戦ではなく、東郷、長沢、土佐の花といった所は1〜2戦しかしていない。ここらのルールは力道山の胸算用ひとつで決まってしまっていたのであろう。その反面、参加メンバーの顔ぶれは申し分なく、テーズ、ハットン(NWA世界)、シャープ(世界タッグ)、ブラッシー(WWA世界)と当時の段階で4人の世界王者経験者が参加している。中でもハットン−テーズ戦は日本プロレス史上に残る外人同志の名勝負であったという。 資料提供 : JOE HOOKER SR氏 |
第5回ワールド大リーグ戦
昭和38年 参加選手 日本組 : 力道山(シード)、遠藤幸吉、豊登、吉村道明、ジャイアント馬場、大木金太郎、猪木完至、マンモス鈴木 予選リーグ: 8分3ラウンド1本勝負 |
優勝決定戦
61分3本勝負 ( 5月17日
東京体育館 ) ○ 力道山( 2−1)キラー・コワルスキー ● 力道山(体固め 5分1秒) 力道山が5連覇達成。 解説 今回も予選の星取りが不可解。キラー・コワルスキーの決勝進出は予選で全戦全勝なので納得いくのだが対抗馬のパット・オコーナーも7戦して全勝しているに関わらずキラー・コワルスキーとは対戦がなく決勝進出を果たしていない。この辺の予選システムのいいかげんさは相変わらずであった。人間空母ヘイスタック・カルホーンが人気を呼ぶ。伊達男ボブ・エリスは全くの期待外れで途中帰国している。凱旋帰国の馬場が好成績を上げている。このリーグ戦は映画フィルムで記録され、ナンバー・ビデオが力道山血風録(王者編、総集編)としてビデオ化している。 資料提供 : JOE HOOKER SR氏 |