ネイル・デスマッチ

2002.3.13 update

 

昭和53年2月8日日本武道館で行われたネイル・デスマッチ

 

 

   日本のプロレス史上、もっとも奇想天外だったデスマッチはなんと言っても53年に日本武道館でアントニオ猪木と上田馬之助のあいだで行われた釘板デスマッチであろう。試合形式は5センチの釘を打ちぬいたベニヤ板をリングサイドに32枚敷き詰めるという異様なもの。リングから転落すれば、無数の釘が突き刺さるという訳だ。この試合形式は上田がTVの解説席に乱入し、提案したわけだが、実際は当日試合前リング上で猪木に花束を贈呈している真樹日佐男のアイディアかも知れぬ。

 さて試合は途中一度だけ猪木がエプロンサイドで宙吊りになるという見せ場があったものの、内容的にはさほど荒れた試合ではなく、猪木が上田の左腕に攻撃を集中し、大阪でのタイガー・ジェット・シン腕折事件の二の舞のような内容であった。正直言って釘板の上に落ちるかも!というスリルは誠に乏しかった。

 これに似たデス・マッチが55年5月10日にデトロイトのコボ・アリーナでドリー・ファンク・ジュニアとアブドーラ・ザ・ブッチャーの間で行われている。このときは釘板を場外ではなくエプロンに敷き詰めて行われた。ロープ・ブレイクはなし。ロープ際に相手を追い詰めてエプロンの釘に顔面や腕を押さえつけるという凄惨な試合となった。また凶器もOKというルールだったため、5寸釘をクシのように並べた特製の凶器をブッチャーが持ち込み、これでドリーの額や腕をつきまくる。今度はドリーがそれを取り上げてブッチャーを突きまくり、両者大流血。文字どおり地で地を洗う凄惨な試合となったが、ザ・シークとが乱入し、凶器でドリーに襲い掛かりノーコンテスト。これを見たマイティ・イゴールがゲバ棒(完全に死語)をもって乱入、シークを殴りまくるという混乱の幕切れとなった。

 

 

   
釘板が敷き詰められた場外に猪木を蹴落とそうとする上田   釘に額を押し付ける   ロープ際でのスリリングな攻防

  

 この釘板デスマッチは平成になってからW☆INGで再現され、なんと松永が釘板の上に転落して見せるという度を超えた試合となった。冒頭にも書いたが猪木と上田の試合は場外に落とさないことを前提としたような、どこかしらけた感じの試合になってしまっている。しかし、まぁ、邪道中の邪道といったデス・マッチである。