芳の里 潤三 Junzo Yoshinosato
  ■ニックネーム:東洋の悪魔、ゲタ社長
■本名:長谷川淳三(古い資料では潤三)
身長・体重:172センチ、100キロ
生年月日:1928年9月27日(1999年1月19日没)
■出身地:千葉県長生郡一宮町出身
得意技:ゲタ攻撃
■主要タイトル:
 
日本ライト・ヘビー級
 日本ジュニア・ヘビー級
 NWA世界タッグ(テネシー版)
■所属団体:日本プロレス
 
 大相撲の二所ノ関部屋から力道山をしたって昭和29年に日本プロレスに入門。日本選手権のライト・ヘビー級とジュニア・ヘビー級の2階級を制覇する偉業を成し遂げている。昭和36年に初渡米。ニューヨークではMSGに出場している。テネシーではデビル・サトのリングネームでタロー・サクローとのコンビでテネシー版NWA世界タッグを獲得しトップスターとなった。

 日本でもゲタを凶器につかう反則殺法で人気を呼ぶ。力道山の死後は副社長となり日本プロレスのフロント入り。昭和41年からは社長に就任。崩壊まで社長を務めるが、日本プロレスの崩壊が彼の放漫経営が原因という意見が多い。

 日本プロレス崩壊後は国際プロレスのテレビ中継の解説者を務めながら全日本プロレスに協力した。力道山OB会の会長も務めたが1999年に逝去。