ディック・ザ・ブルーザー Dick The Bruiser | ||
(写真提供:大隅良雄様) |
■ニックネーム:生傷男 ■本名:ウイリアム・フリッツ・アフィルス ■身長・体重:185センチ、113キロ ■生年月日:1929年6月27日 ■出身地:米・インディアナ州ラファイエット出身 ■得意技:アトミック・ボムズアウェイ ■主要タイトル: USヘビー(デトロイト版、オハイオ版) オマハ版世界ヘビー AWA世界ヘビー AWA世界タッグ WWA世界ヘビー(ロス版、インディアナ版) WWA世界タッグ(インディアナ版) インターナショナル・タッグ(日本プロレス) ミズーリ・ヘビー ■来日回数:8回 ■参加シリーズ: 40 11(日)インター選手権シリーズ 41 11(日) ウィンター・S 43 2(日) 【特】ダイナミック・S 44 8(日)【特】 第一次サマー・S 47 10(国) 【特】ビッグ・ウインター・S 50 4(全)【特】第3回チャンピオン・カーニバル 51 1(全)【特】新春ジャイアント・S 55 2(国) 【特】スーパー・ファイト・S |
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学生時代はフットボールの名プレーヤーとして鳴らしたが、喧嘩が原因で多くの大学から放校処分を受けた札付きの暴れん坊。ビル・ロンソンにスカウトされてプロレス入りし、クラッシャー・リソワスキーのいとことを名乗り、NY地区で暴れるが、暴れすぎてNY地区を追放処分となる。 その後はロスのWWAでボブ・エリスとの抗争で名を挙げ、AWAに転戦後もクラッシャーとのコンビで暴れまくった。インディアナポリスでは、ウイルバー・スナイダーとWWAを旗上げしている。 日本ではジャイアント馬場との試合で体育館の床を蹴破り、床板を凶器にして馬場に殴り掛かったという型破りの暴れっぷりで有名。昭和55年に国際プロレスに来日した時にはかなり衰えていた。1991年練習中に動脈破裂で急死。 |
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