ダスティ・ローデス Dusty Rhodes | ||
昭和48年来日当時(撮影:花園えびす氏) (撮影:HARU一番様) |
■ニックネーム:アメリカン・ドリーム ■本名:バージル・ライリー・ラネルズ・ジュニア ■身長・体重:186センチ、135キロ ■生年月日:1945年10月12日(2015年6月11日没) ■出身地:米・テキサス州オースチン出身 ■得意技:エルボードロップ ■主要タイトル: 北米タッグ(セントラルステーツ版) セントラルステーツ・ヘビー アメリカン・タッグ NWA世界タッグ(デトロイト版、ミッドアトランティック版) フロリダ・タッグ IWA世界タッグ(オーストラリア版) 北米ヘビー(セントラルステーツ版、ハワイ版) 南部ヘビー(フロリダ版) フロリダ・ヘビー ジョージア・ヘビー NWA世界ヘビー グローバル・タッグ バハマ・ヘビー ミッドアトランティック・タッグ ■来日回数:12回 ■参加シリーズ: 46 11(国) ビック・ウインター・S 48 6(国) ビッグ・サマー・S 50 11(全) 第2弾ジャイアント・S 50 12(全)オープン選手権(残留) 54 10(新)【特】闘魂S 55 4(新)【特】第3回MSG・シリーズ 55 11(新)【特】第1回MSGタッグ・リーグ戦 56 5(新)【特】第4回MSG・シリーズ 56 11(新)【特】第2回MSGタッグ・リーグ戦 57 1(新)【特】新春黄金・S 57 3(新)【特】第5回MSG・シリーズ 59 1(新)【特】新春黄金S |
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1970年代から1980年代のアメリカで最高の人気を誇ったレスラー。アウトローズ時代は本名はケニー・マードックと名乗りディック・マードックの叔父(フランク・マードックの8人兄弟の末っ子)であるとする説もあったが、本名はバージル・ラネルズ・ジュニアであることが判明している。 初来日はシングル・プレーヤーとして国際プロレスに参加、ディック・マードックとのジ・アウトローズとしては昭和48年に国際プロレスに登場。その後、GIカットからカーリーヘアの派手なスタイルに変身し、「アメリカンドリーム」の愛称で全米一の人気者となる。 全日本プロレス、新日本プロレスの順で移籍。猪木とは対戦相手としては手が合わなかったが、第3回MSGシリーズで、日本側に加わってファイトし人気爆発。猪木とのドリームコンビを結成し、ファンを熱狂させた。 典型的なアメリカン・ショーマンスタイル・レスラーであるが、人気を見れば超一流だった。NWA世界ヘビー級王座を3回獲得していることと考えても、アメリカでの彼への評価が高いことがわかる。本来の発音は「ローデス」ではなく「ローズ」である。 2015年6月11日、自宅で倒れ救急車で病院に運ばれたが死亡。 |
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