エティフィア・ジェラール Ethifia Gerard
 稲妻二郎 Jiro Inaduma
 ザ・キラー(**) The Killer
 ワイルド・ヌウ(*) The Wild Nu
 ザ・ワイルド・キラー(***) The Wild Killer
 ブラック・シャドー (****) The Black Shadow
 ジェリー・モロー(#) Gerry Morrow

(写真提供:花園えびす様)

ザ・ワイルド・ヌウ

ブラック・シャドー
  ■ニックネーム:黒い稲妻
■本名:ジェラール・エティフィア
身長・体重:180センチ、107キロ
生年月日:1948年9月10日
■出身地:フランス領マルチニク出身
得意技:ヘッドバット
■主要タイトル:
 インターナショナル・タッグ
            (カルガリー版、モントリオール版)
 カナディアン・タッグ(バンクーバー版)
 パシフィックコースト・ヘビー(バンクーバー版)
 北米タッグ(マリタイム版)
 カリビアン・ヘビー
■来日回数:6回 (ジェリー・モロー時代の回数のみ)
■参加シリーズ:(稲妻二郎時代の参加シリーズは除外)
 49 6 (国) ビッグ・サマー・S (*)
 49 11(国)【特】 ワールド・チャンピオン・S (**)
 50 1(国)新春パイオニア・S (***)
 52 6 (国) ビッグ・チャレンジ・S (****)
 58 7(全) グランド・チャンピオン・カー二バル3(#)
 58 8(全) 【特】スーパー・パワー・S (#)
 59 2(全) エキサイト・S (#)
 59 8(新) ブラディ・ファイト・S (#)
 59 11(新) 第5回MSGタッグ・リーグ戦 (#)
 60 6(新) バーニング・スピリット・イン・サマー (#)
 
 昭和46年に国際プロレスに留学生として来日したジャック・クレイボーン(エディ・モレア)の実弟である。稲妻二郎というリングネームが決定するまでは、エティフィア・ジェラールとしてリングに上がっている。「ポンピー」の相性で選手からもファンからも愛された。国際時代には、韓国遠征で大木金太郎のインターナショナル・ヘビー級王座に挑戦、鶴見五郎が造反した際には、鶴見とヘアー・ベンド・マッチを行い丸坊主にするなどの活躍をしている。また国際プロレス在籍中にはマスクをかぶって、ザ・キラー、ザ・ワイルド・ヌウ、ザ・ワイルド・キラー、ブラック・シャドーとしてリングに上がったこともある。これは外人レスラー招聘費用を浮かすための苦肉の策であった。

 特に昭和52年の「新春パイオニア・シリーズ」でのザ・ワイルド・キラーは専門誌にも紹介されなかった。アニマル浜口と1回、ラッシャー木村と2回メインエベントで金網デスマッチを行なっている。このシリーズの参加外人選手は4名、その穴埋めをする為の変身だと思われる。蛇足ながら長沢秀幸がマスクを被ってタイガー・チュン・リーを名乗ったのもこのシリーズだ。

 カナダのモントリオール地区では兄とのコンビでモントリオール地区のインターナショナル・タッグ選手権も獲得。モントリオールだけではなく、バンクーバー、カルガリー、マリタイム地区とカナダ全土で活躍、ほとんどの場合ベビーフェイスだったが、マリタイム地区では、キューバン・アサシン1号とのコンビでヒールとして活躍した。

 国際プロレス崩壊後は全日本プロレスに参加。後にフランス語が話せるというだけでアンドレ・ザ・ジャイアントのパートナーとして新日本プロレスに参加、黒人嫌いのアンドレには差別的扱いを受け、タッグ・マッチではタッチしてもらえず、一度も試合に参加できない事もあったようだ。新日本プロレスではレフェリーも務めた。日本人以上に日本を愛する熱血漢である。