レイ・キャンディ Ray Candy ムハマッド・カリム (*) Muhammad Kareem スーパー・マリオマン (**) Super Marioman |
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(撮影:HARU一番様) ムハマド・カリーム スーパー・マリオマン |
■ニックネーム:黒い殺人戦車 ■本名:レイ・キャンティ (Canty) ■身長・体重:195センチ、155キロ ■生年月日:1951年12月3日 ■出身地:米・ジョージア州アトランタ出身 ■得意技:エルボードロップ ■主要タイトル: ジョージア・タッグ ウエスタンステーツ・ヘビー ミッドアメリカ・タッグ ルイジアナ・タッグ USタッグ(トライステーツ版、フロリダ版) ジョージアTV インターナショナル・タッグ(全日本プロレス版) サウスイースタン・ヘビー ルイジアナ・ヘビー AWA南部タッグ フロリダ・ヘビー プエルトリコ・ヘビー ■来日回数:9回 ■参加シリーズ: 54 10 (全) ジャイアント・S 55 3 (全) 第8回チャンピオン・カー二バル 55 8 (全) 第2次サマー・アクション・S 56 2 (国) スーパー・ファイト・S 59 4 (新) ビッグ・ファイト・S 第2弾 (*) 60 10 (新) バーニングスピリット・イン・オータム 61 10 (新) 闘魂・S (**) 62 4 (新) ブレイジング・チェリー・ブロッサム・ビガロ 87 63 2 (新) 88 ビッグ・ファイト・S |
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ジョージア出身のレスラーで大学卒業後はプロボクサーをしていたがボブ・ガイゲルにスカウトされてプロレス入り。1974年にアマリロでファンクスにコーチを受けてプロ・デビュー、翌年ボビー・ジャガースからウエスタン・ヘビー級選手権を獲得。195センチ、155キロという巨体を生かして東南部地区を転戦しトップ・レスラーとなる。日本ではアブドーラ・ザ・ブッチャーとのコンビで師匠のザ・ファンクスと抗争を繰り広げた。MSWA地区で活躍している時期に、ルートのあった国際プロレスに登場。テーズ杯争奪戦に出場し、予選通過するも国際プロレスが崩壊し決勝トーナメントは行なわれなかった。 その後、フロリダやテネシーで、頭をモヒカンに刈り迷彩服を着込んだゲリラ・ギミックに変身し、エリージャー・アキム(=バッド・バッド・レロイ・ブラウン)とのザンビア・エキスプレスを結成しジム・ホリディをマネージャーとして活躍。新日本プロレスには、このギミックで初登場。昭和61年には、当時大ヒットしていたTVゲームにあやかって、マスクを被りスーパー・マリオマンを名乗ったが、これは全くブレイクせず。その後は、レイ・キャンディに戻って新日本プロレスに連続参加している。 |
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