カート・ヘニング Curt Hennig |
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初来日当時 |
■ニックネーム:獅子王二世 ■本名:カーティス・マイケル・ヘニック ■身長・体重:185センチ、105キロ ■生年月日:1953年3月28日(2003年2月10日没) ■出身地:米・ミネソタ州エルクリバー出身 ■得意技:フィッシャーマンズ・スープレックス ■主要タイトル: パシフィックノースウエスト・ヘビー パシフィックノースウエスト・タッグ AWA世界ヘビー AWA世界タッグ インターコンチネンタル・ヘビー ■来日回数:4回 ■参加シリーズ: 58 11(新) 第4回MSGタッグ・リーグ戦 60 11(全) '85世界最強タッグ決定リーグ戦 62 1(全) '87新春ジャイアント・S 63 1(全) 【特】'88新春ジャイアント・S |
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AWAの名レスラーだったラリー・ヘニングの息子で、1980年にバーン・ガニアにスカウトされてプロレス入り。デビュー3年目に新日本プロレスの「第4回MSGタッグ・リーグ戦」にボビー・ダンカンとのコンビで参加しているが、キャリア不足とリーダーのダンカンの不調もあり、好成績を残すには至らなかった。帰国後オレゴン、AWA、WWF各地区を転戦し力を付け、昭和60年には全日本プロレスの「世界最強タッグ決定リーグ戦」にニック・ボックウィンクルとのコンビで参加し、2勝4敗1引き分けの成績を残す。1986年にAWA世界タッグ王座(パートナーはスコット・ホール)を獲得。さらにニック・ボックウィンクルを破りAWA世界ヘビー級王者となる。 全日本プロレスにAWA王者として来日して三沢のタイガーマスクの挑戦を受けるが、リングアウト負けを喫す。この試合で日本でのAWAの評価はガタ落ちに。AWA崩壊後はWWFでミスター・パーフェクトを名乗り人気を博した。2003年心不全で逝去。スペルはHenningではなくHennigが正しいようだ。 |
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